やっと観てきました、Dear Evan Hansen。
DearEvanHansenPlaybill
 
結論から言うと最高です。 
 
「SNSが題材の一つとして使われていること」と「若年層に人気」という二つの事実に相関性をもたせて紹介しているメディアが多いのですが、この作品の根本にあるのは「孤独とは何か」という、年齢性別を超えた壮大な問いであり、社会と繋がっている限り、誰もがもつモヤモヤした痛みや鬱屈した感情をえぐりだした作品なので、全ての人が自分の環境に置き換えて感じとれる何かがあるはずです。ブロードウェイまで行かれたら、是非観ていただきたいです。
 
おすすめポイントは以下の5つ
 
1. 設定がおもしろい
(なるべくネタバレしないように書いてます)
コミュニケーションが苦手で社会不安を抱える17歳の男子高校生、エヴァンが主人公。セラピーの一環で自分宛てに書いた手紙を学校で印刷していると、同じ高校に通う登校拒否生徒のコナー(こちらはドラッグ常習者)が自分のところまで持ってきてくれます。彼はプリンターの近くにいたんでしょうね。そこでちょっとした行き違いが起こり、コナーを怒らせてしまい、彼は帰ってしまいます。後日、コナーの両親が「エヴァンに会いたい」と学校を訪れ、コナーが自殺をしてしまったことをエヴァンに伝えます。「どうして僕に会いに来たのか」と聞くと、「息子のポケットにあなた宛ての手紙が入っていたのよ」と。あの日、怒って帰ってしまったコナーは、そのまま手紙を持って帰ってしまっていたのです。ドラッグに手を染め、両親ともろくに口を聞かない息子にも友達がいたと信じ、そして死んだ後でも息子のことを知りたいと願う、そんな両親に対し、本当のことを言いだせず、悲しんでいる両親を喜ばせたいという気持ちで、「コナーはこんないいやつだった、あんなとこにも行ったし、こんな話で盛り上がったんだ」などと嘘の思い出を作り上げてしまいます。
 
その日を境に、コナーの両親はエヴァンのことを息子の代わりのように可愛がってくれます。母子家庭で寂しく育ったエヴァンはこの幸せに段々執着心を感じ始めます。そして嘘を重ねるたびに、「自殺をしてしまった青年を支えた唯一の友人」として、雪だるま式にSNSで美談として伝えられ、大きな社会現象になっていきます。引くに引けない状況になってしまったエヴァン。嘘はばれるのか?そしてエヴァンはどうやってこの危機を乗り越えるのか?
 
自分宛ての手紙がきっかけなので、タイトルが「Dear Evan Hansen」なのですが、この物語は「自分を見つめ直すために書いた自分宛ての手紙」を発端に、「嘘の自分を作り上げていって、本当の自分に向き合えなくなり、そこから抜け出せなくなっていく」そんな話です。

2. 今、一番、旬なブロードウェイミュージカル
2017年のトニー賞は完全に「Dear Evan Hansen」と主演の「Ben Platt」のものだったと言っても過言ではありません。ただ評価されているのがミュージカル界だけじゃないというのがポイント。
 
かつて1990年代のニューヨーク・イーストヴィレッジを舞台に、エイズ、ドラッグ、貧困、LGBTなど、若者の社会問題を描いた「RENT」がそうであったように、普段ブロードウェイで舞台を観る機会のなかったSNS世代の若者たちの間で大きなムーブメントになっており、チケット価格が高騰しているにも関わらず、劇場は若者で溢れかえっていました。
 
Youtubeには大量の二次創作物が生まれており、ブロードウェイの間口を広げる作品となっています。

Sincerely, Me | Dear Evan Hansen | Animatic/Storyboard


sincerely me (but it's trash)


主演のベン・プラットはトニー賞を受賞した時、こんなコメントを残しました。
"Don’t waste any time trying to be anyone but yourself, because the things that make you strange are the things that make you powerful."

「自分以外の何者かになろうとすることに時間を費やさないで。あなたを人と違った、一風変わった人にしているその要素は、あなたを強くしてくれるものだから。」
 
3. 孤独とは何か、ということを改めて考えさせてくれる
この作品は「SNS世代の若者」だけではなく、全ての世代を超えて「孤独とは何か?」を考えるきっかけを与えてくれます。
 
人が孤独を感じる瞬間は、人里離れた山奥で一人で暮らすことではなく、「認めてもらえない」「会話が成り立たない」「もっている前提情報が違う」など、人とのコミュニケーションの中で生まれるものなんだ、ということを自分の人生の様々なシーンを思い返しながら確認できる、そんな作品です。
 
私はこの作品を通して「自分が過去に感じた孤独」と「自分は気づかなかったけど、今思うとあの人に感じさせていただろう孤独」の両方を反芻しました。
 
4. Pasek and Paul の紡ぐ楽曲
Pasek and Paulと言われてもピンとこない方もいらっしゃるかと思いますが、2016年に公開されて、大ヒットを記録したミュージカル風映画「ラ・ラ・ランド」の「City of Stars」でオスカー&ゴールデングローブ賞を、そしてこの「Dear Evan Hansen」でトニー賞のベストスコア賞を受賞するという、偉業を成しました。また2019年公開予定のガイ・リッチーによる実写版「アラジン」の作曲チームにこの二人は参加が決定しています。この二人についてはこちらに詳細を書きました。
 
エヴァンハンセンの楽曲はポップでキャッチーなメロディが多く、前述の通り、若者たちは二次作品を作りまくっています。一般的なミュージカル曲はストーリーが前提となって、その作品の中で活きてくるものが多いのですが、彼らの楽曲はそれ単体でもポップソングとして成立しているのが面白いところ。個人的には全楽曲をご紹介したいところですが、その中でもどれかと言われれば、この作品の背骨となる曲、「Waving Through a Window」です。和訳もしてみましたので、ご興味のある方はこちらもぜひ。
 
「Dear Evan Hansen」は、哲学者ジョージ・バークレーの研究にある「木が森に落ちて、誰もその音を聞くことができないなら、その音は存在したと言えるのか?」という観察や知覚に関する質問を提起する哲学的思考実験をもとに、人間の孤独についての考察が紡がれています。主役のエヴァン・ハンセンがギプスで登場する視認できる事象(木から落ちて骨折したんだけど、クラスメイトも母親も無反応)と、声をあげて自分が主張したところで誰も意に介さないだろうという諦めにも似た心象で生活していること、をリンクさせて表現しているのです。

5. ブロードウェイのニュースター「ベン・プラット」
この人なしではこの作品は語れません。2017年トニー賞で主演男優賞を獲得したニュースター、ベン・プラット。新星のように現れたように見える彼ですが、実はキャリアは長く、9歳の時に初舞台を踏んでいます。そしてThe Book of Mormonでエルダー・カニングハム役を演じていますが、その時はそこまで話題の俳優さんにはなってませんでしたね。
 
ベン・プラットがもつ演技と歌唱を両輪で動かせる才能が、この作品で化学反応を起こして、花開いたといった感じでしょうか。
彼についてもこの記事で詳しくまとめておきました。

最後に
この作品は脚本、設定、楽曲、演者、全てが素晴らしいので、ブロードウェイに足を運ぶ価値のある作品です。主役のエヴァン・ハンセンだけでなく、彼をシングルマザーで育て、彼に孤独を感じさせている母親、自殺したコナーの両親、彼を取り囲むリア充を気取っている友人たち、出演する全ての役柄がそれぞれ孤独を感じていて、孤独の連鎖とそれぞれの向き合い方があり、観客全員が置かれている環境や経験によって、感じ取る部分が違うだろうこの作品を観て、いろんな方と語り合いたいです。